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報告書

記念講演

江戸東京・私と川

落語家 林家木久扇

日本橋久松町生まれ

  私は、昔の町名で、日本橋区久松町25番地というところで生まれました。久松町という名前の由来は、四国の松山の久松公爵という方のお屋敷があったところだからです。私の家は雑貨問屋でした。5分ぐらいでもう隅田川にすぐ遊びに行けるような環境で、私のうちの3階の物干しからは、隅田川の花火大会が楽しめました。
  隅田川のことで私が覚えているのは、ポンポン蒸気の、水上バスというのが走っていたことです。浜町河岸から乗って隅田川をさかのぼり、松屋のわきに降りまして、それからおばあちゃんと浅草で遊んだ覚えが随分あります。松屋の屋上にいろんな遊戯の器械があって、そこで遊ぶと涼しくて楽しかったですね。

隅田川を泳ぐ

 私の師匠、8代目の林家正蔵は稲荷町というところに住んでいまして、隅田川のおもしろい昔話を聞いています。水が澄んでいて白魚が泳いでいたというような時代に、まだ売れていない円生師匠、志ん生師匠、うちの正蔵、それから小半治さんという音曲の人がいて、若い頃に隅田川に遊びにいったそうです。泳ぐわけですね。まだ舟の往来があまりなかったそうです。小半治さんが首から財布をつっていて、向こう岸まで泳いだら飲みに行くよということを言ったので、みんな喜んで「あいつ金持っているらしいぞ、向こうまで泳いだら冷や酒おごってくれるらしいから飛び込もうじゃねえか」と言って、みんな向こう側までたどり着いた。
 小半治さんにぞろぞろついて行きまして、酒屋の立ち飲みで冷や酒を4杯頼みました。それで、小半治さんが財布をあけて、中から出したのは干ダラの干物だったそうです。おつまみを持って歩いていたのですね。それをみんなに1本ずつ渡して、1杯やっていた。「銭持ってねえじゃないか、あいつ。ただで飲んじゃって、いやこれは困った」というので、師匠が人質になってみんながお金を工面しに帰っていったという話で、昔の人というのはおもしろいなと思いましたね。

隅田川の思い出

 隅田川の思い出では、私「笑点」で大喜利やるようになって名前が売れて、どういうことか、5人ぐらいでお金を出して、言問橋のたもとのボート屋さんの上でビアガーデンやろうという話になったのです。
 調理に火を使いますから消防署に許可をもらわなくちゃいけません。酔っぱらっている人が川に落ちちゃうから囲いをしなくちゃいけないと言われ、予算がオーバーになったところに、それから長い広い階段もつくらなくちゃいけないということでそれもつくりました。
 それから、生ビールって3日ぐらいで腐るのですね。寒い夏で雨ばっかり降っていて全然お客さんが来ないのです。3日目になるとみんなで一生懸命飲むのですが、大ジョッキ3杯飲むともうぶっ倒れちゃうのですね。ものすごい酔いが回りまして、もう大変でした。
 あと、地回りといいましてあの辺のやくざさんの親分がいるのです。隅田公園の辺りが自分の縄張りなのに、あいさつがないというので、私は向島まで親分を訪ねていきました。奥の座敷に通されると、床の間を背にしてすごい大きい男の人が目を光らしていて、その隣にちっちゃいおじいさんがいました。私はカステラの箱とその上に10万円積み、おずおずと一番偉そうな人に渡しました。「とにかく商売をやらせていただきます。林家木久蔵と申しまして落語家でございます。お祭りのときは呼んでいただくとおもしろい話をします」なんて自分も売り込んで戻ってきたのです。
 そうしたら、またその地回りの若い衆が訪ねてきたのです。おかしいなと思ったら、私があいさつしたのは子分なのですって。隣のちっちゃいおじいさんが親分だったのです。またカステラの箱を用意して行ったのですけれどもね。そういう思い出があります。
 水上警察がよくボート場のあたりに見に来ます。それから、隅田公園流しているおかまさんも上がって来ます。こっちもお客さん呼んでもらおうと思うから、ビールただで出しておでんをごちそうしたりなんかして。お客さんが半分水上警察で半分おかまさん、そういうお店ってちょっとないと思ますけれども。
 あるとき、ものすごい人がビアガーデンに集まっているので、しめた、お客さんだな、と思ったら、川に身投げした人がいたのです。亡きがらが向こうのほうに行っちゃうと台東区の管轄になり、こっち側に来ると墨田区の管轄になるので、みんながそれを見守っているわけです。あれ、困ったな、こっちへ近づいてきちゃったとかって言ってね。本当にいろんなことがあるなと思います。

古典落語のなかの川

 川の話というのはあんまり古典落語にないのですが、隅田川を鯨の親子がさかのぼってきたという師匠に教わった小噺があります。鯨の親子を隅田川の魚たちが歓迎いたしましてね、「いやー、長い旅ご苦労さまでした。大変でしたね。じゃ、鯨さんね、江戸はおいしいものがたくさんありますよ。何でもごちそうしましょう。天ぷらがいいですか、すしがいいですか、そばがいいですか」「いやー、私は鯨ですからそばはだめです」「どうして」「そばの中にはもりがありますから」という。昔鯨捕りというのはもりで突いていたのです。
 「お花半七」という話に小網町という町が出てきます。堀留というところとか人形町を舞台にした落語はたくさんありますね。

日本橋舟めぐりツアー

 私はまだ乗っていないのですけれども、日本橋川で、今舟が走っておりまして、うちのかみさんが乗ったのです。そうしたらびっくりしていました。ずーっと高速道路がふたしちゃっているので景色はあまりよくないけれども、三越の前からこの舟に乗ると御茶ノ水がとっても近いそうですね。それで隅田川を横断して運河をずっと行って、Uターンして帰ってきて、それからまた上陸してご飯を食べるというツアーをやっているのですけれど、粋なものだと思っております。
 「目黒のサンマ」という落語がありますけれども、その舟に、サンマがとれたときに山のように積んで、日本橋川から荷揚げをして、サンマの塩焼きを道行く人たちに振る舞ってお酒と一緒に1杯どうですかとやったら、結構観光の目玉になるのじゃないか