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報告書

事例紹介 3 東京

日本橋観光舟運の計画

日本橋地域ルネッサンス100年計画委員会 会長
橋本 敬

日本橋地域の歴史的変遷

 日本橋は、江戸時代より文化、商業、情報の中心地で、江戸一番の賑わいを見せていましたが、今では東京と言えば、秋葉原、六本木などが先に挙げられます。当委員会は、日本橋に賑わいを取り戻し、豊かで潤いのあるまちに再生するため、地域住民、地元企業、行政が一体となり努力しています。
 現在の日本橋のまちの原型は江戸時代につくられました。家康が江戸に入城した頃、日本橋辺りは当時も陸地でしたが、皇居外苑、日比谷公園、新橋辺りは日比谷入江という海でした。小名木川からの物資の輸送のため江戸前島を横断する道三堀が掘られました。その後入江の埋め立てを意識し、平川の付け替えが行われました。これが、日本橋川の原形です。
 整備された水路には至るところに河岸がありました。全国からの物資が船で江戸市中に運ばれてきたのです。関東大震災後に築地に移転するまで、魚市場も日本橋にありました。蔵の並ぶ景観は昭和初期まで見られました。
 やがて海運から陸路への交通手段の変化、高度経済成長への突入、東京オリンピックの開催などが背景となり、堀が埋められ、あるいは川の上の空間を利用して、上空を覆う高速道路が建設されました。現在も高速道路が川を覆っており、建物は川に背を向けて立ち並んでいます。

まちの再生を目指して

 日本橋川では今も歌舞伎役者の襲名披露のお練りがあったり、名橋日本橋保存会主催の日本橋橋洗いが昭和46年より続いていたりするように、昔から息づく文化があります。
 我々は名橋保存会や他の団体と協力し、日本橋の上にかかる高速道路を撤去することに取り組んでいるところです。
 水の浄化活動も行なっています。上流の方で川の浄化を助ける微生物団子や浄化液を投入しています。また、船を出して清掃活動をしています。これらの努力により徐々に水質が改善され、魚も見られるようになり、近年では多くの団体が日本橋川・神田川をめぐる舟運イベントを開催しています。

日本橋のまちづくり構想

 基本的には、日本橋独自の伝統や文化を大切にしながら、魅力ある新しい水辺空間を再生したいと考えています。川沿いの建物を2階建て程度に抑え、護岸は人が回遊できるようにし、親水性と賑わいを生み出します。江戸時代の日本橋を再現した歩行者用の木橋をつくったり、堀の復元や船着場の設置もイメージしています。これらの実現にはもう少し時間がかかりますが、ポイントになる日本橋船着場構想を先行的に進めることも検討しています。船着場は日本橋の繁栄を支えた舟運の象徴でもあり、川と周辺のまちをつなぐ重要な施設になります。東京の湾岸には多くの観光資源があるため、日本橋に船着場ができることで周辺地域との連携が生まれ、観光のポテンシャルがさらに高まることを期待しています。