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コースのご案内

中央区・街めぐり&舟めぐりコース~お江戸の中心・日本橋界隈をぐるっと街めぐり+舟めぐり~

  江戸時代、徳川家康が江戸入城とともに着手した日本橋の街づくり。川や水路が舟運の為に整備され至るところに河岸が出来ました。こうして全国からの物資が船で日本橋界隈に多く運ばれたのです。
そのような活気あふれる河岸の声に耳を澄ませ、街歩きや舟からの眺めを堪能しつつ江戸の景色を探してみませんか。

コースのポイント

・「東京再発見」をテーマに街角に埋もれた歴史的、文化的史跡等を訪ねるこだわりのコース。
・街を歩いてまわる「街めぐり」と、舟からしか見えない景色が見られる「舟めぐり」の2本立てでご案内。
・和菓子の老舗 榮太樓總本鋪の店舗紹介(沿革・歴史・由来・商品説明など)が聞けます。
・CREW特製日本橋のり弁当(山本海苔店謹製)がお楽しみいただけます。

開催日

9月24日(木)
10月1日(木)・8日(木)
11月5日(木)・19日(木)

開催時間

9時45分から14時15分(1日1回のみ)
※雨天決行となります。

募集定員

各回8名(先着順)※最少催行人員:4名

参加料

お一人様 税込 5,800円(事前支払 おとな・こども同額)
※荒天による舟めぐり中止の場合;お一人様 税込 3,800円(事前支払 おとな・こども同額)
荒天による舟めぐり中止の場合は、街めぐりのみの約2時間のツアーに変更となりますので、あらかじめご了承の上、お申し込みください。
荒天により舟めぐりができない場合は、前日の20時までにご連絡いたします。

特製弁当

CREW特製 日本橋のり弁当

山本海苔店

山本海苔店
老舗のコラボ弁当です。日本橋の老舗の味が結集した「日本橋おむすび弁当」です。このツアーのために製作いたしました。日本橋に代々続く老舗の味と伝統が根付いたお弁当です。 おむすびの具材は、鮒佐のあさり、にんべんのおかか、まるうめのトロ鮭を使用しており、おむすびには山本海苔店の海苔を巻いています。神茂の伊達巻と弁松総本店の蛸の桜煮などをおかずにして、日本橋おむすび弁当のお味を心行くまでお楽しみください。

コース案内
【江戸東京再発見 街めぐり】三菱倉庫江戸橋倉庫ビル前 広場集合 9:45
三菱倉庫江戸橋倉庫ビル
野村證券本社ビル
日本橋
榮太樓總本鋪
一石橋
常磐橋
【江戸東京再発見 舟めぐり】常盤橋防災船着場 11:30頃
日本橋
隅田川
亀島川
日本橋
常盤橋防災船着場
12:30頃
アンケート記入
常盤橋防災船着場解散 12:45頃
見どころ
三菱倉庫江戸橋倉庫ビル 1930年(昭和5年)竣工した三菱倉庫江戸橋倉庫ビルは、船橋を模した屋上の塔屋や上層部階の半円窓など、船を思わせるユニークな外観を持ち、表現派風建築の代表的作品として東京都選定歴史的建造物の選定を受けています。 都市型倉庫(都市内にあり、貨物の配給機構の一環として利用される倉庫)の初期のものです。
野村證券本社ビル 1930年(昭和5年)竣工。昭和初期のモダニズム建築を代表する安井武雄(1884~1955)の設計によります。
日本橋 日本橋が最初に架けられたのは1603年、豊臣秀吉から関八州の支配を任された徳川家康が、江戸の街づくりの中でまっ先に行ったのが日本橋川の整備と架橋でした。
榮太樓總本鋪 安政4年(1857)、三代目細田安兵衛(幼名榮太郎)が、井筒屋と称して父の代まで菓子商として続けてきた屋台店をたたみ、日本橋西河岸に独立の店舗をひらいたのがはじまりの老舗和菓子店です。一般的に知られている「甘納豆」は初代榮太郎が作った「甘名納糖」が元祖です。
一石橋 北橋詰の本両替町にあった幕府金座御用の後藤庄三郎、南橋詰の呉服町に御用呉服商の後藤縫殿助の屋敷があり、この2人の後藤家の援助により橋が破損した際に再建されたため、後藤をもじって「五斗」、「五斗+五斗=1石」という洒落から「一石橋」と名づけられたと言われています。
常磐橋 諸説ありますが、1590年(天正18年)架橋と言われている東京で最も古い橋の一つで、両国橋がかかるまでは江戸随一の大きさを誇る橋でした。この橋は、神田側の浅草橋を結び、「日光街道」「奥州街道」に向かう主要ルートであり、江戸城の城郭門「常磐橋御門」の見附橋として架けられたものです。現在の橋は1877年(明治10年)に建造されたものです。
鎧の渡し   明治5年に鎧橋が架かるまでは「鎧の渡し」という渡し舟が通っていました。南茅場町の河岸から小網町二丁目の間約70~80mの間を舟が往復。船頭1人に対して客が1~2名の高速船で、気の短い江戸っ子の船頭達はいかに早く客を対岸に運ぶかを競い合っていたそうです。
湊橋 湊橋の名称は、この一帯が「江戸湊」の出入口に当たることから付けられたと言われています。湊橋北詰の少し上流には「行徳河岸」と呼ばれる河岸があり、上総(現在の千葉県中部)との間で船の往来が盛んに行われていました。その事から、湊橋の側面には帆船をモチーフにしたデザインがされています。
永代橋 元禄11年(1698年)五代将軍綱吉の50歳を記念して架けられたといいます。この橋が完成したことにより、富岡八幡宮への道のりが楽になり、深川一帯の発展にも繋がりました。平成19年には国の重要文化財に指定されています。
中央大橋 夕刻から夜10時までは、白色の水銀灯と暖色系のカクテル光でライトアップされ美しい橋です。フランスのデザイン会社が日本の伝統的な「ある物」に似せて、橋の設計をしたのですが、その「ある物」とは…?
新川の酒問屋   現在の新川1丁目あたりには「新川」という川が流れておりました。長さ約550m、幅が広い所で18m程の大きい川で、下り酒の酒問屋がびっしりと並ぶ活気溢れる場所でした。現在でも酒造、醸造関係の企業がこの場所に数多くあります。
霊岸橋 現在の新川一帯は、江戸初期に霊岸上人が霊岸寺というお寺を建設したことから「霊岸島」と呼ばれていました。橋の名前の由来はそこからきます。
霊岸寺は明暦3年(1657年)の明暦の大火で焼失、以後は深川へ移りました。現在の「霊岸橋」は、旧橋の老朽化により架け替えられ、昭和60年(1985) に完成したものです。